2012年10月29日月曜日

『音楽の海岸』

「…妹が泣きだす前に、ケンジはすぐ脇にあった木刀を掴み、叔母の頭へと振り下ろしていた。叫び声をあげて止めようとした叔父の目を木刀の先端で突き、妹と同学年だった叔母の子供にも木刀を振るった。死んだ親父が貼り付けてくれた銀色の紙が赤黒く汚れて、ケンジはその場から逃げるまでの何秒かの間に、それを聞いたのだった。それは、耳から聞こえてきたのではなく、公園での花火の時にからだに溜まっていたものが叔母の割れた頭へと流れて出ていった後に、重たいものが溜まっていた箇所に、まるで朝の光が差し込むように、入ってきた。その何か、ケンジが物質と呼ぶものは、粒子の一つ一つがくっきりとして質量を持ち、からだを震わせた。それは音楽だった、とケンジは思っている。」

村上龍『音楽の海岸』(講談社文庫)

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